祝福をもたらす鬼の話。

民の暮らしの中に生きる鬼神は大らかで、どこか楽しげ。

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鬼神の話。

 

記紀神話に登場して、神社に鎮座する崇高な神々とは異なり、日々の暮らしに根ざした神々の存在があります。鎮守さまや道祖神、かまど神、火の神、田の神、水神さま、そして民話や伝説に登場する龍神や鬼神など、大らかで不思議な神さまたち。

 

「鬼」は怖く、悪い存在。頭に二本の角を生やし、口が大きく裂けた大男の姿。鬼が牛の頭と虎の牙と爪を持つことで、「丑」と「寅」の間の方角、艮(うしとら)は不吉な「鬼門」とされます。そして、全国には多くの「鬼」の伝説があります。その中で、正月に現れて民に祝福をもたらし、神さまとして民に祀られる「鬼」の存在があります。今回はそんな不思議な「鬼」の話です。

 

「鬼」に姿を変えたご先祖さま?! 「鬼」と重なる祖霊神の話。

 

大分県、国東半島の北の付け根、豊後高田から都甲川を遡ると、岩峰が聳える長岩屋の狭い谷の崖下に、六郷満山の中山本寺、天念寺と身濯神社が隣り合って並ぶ奇妙な光景。ここは神仏習合の地、そして「鬼」の里ともされます。

天念寺は旧正月の夜に行われる修正鬼会で知られます。深夜、現れた赤鬼は、松明を持って天念寺の講堂内を暴れまわり、やがて黒鬼も現れて、火の粉が舞う中、里の民は鬼たちに松明で背や尻を叩いてもらい、五穀豊穣と無病息災を祈念します。

 

「鬼」は怖く、悪い存在。民話や伝説に登場する、得体の知れない邪鬼や夜叉であり、節分の鬼に表わされるように、災厄を持ちこむ悪者です。が、長岩屋の鬼は幸福をもたらす良い鬼とされ、赤鬼は災払鬼(さいばらいおに)、黒鬼は鎮鬼(しずめおに)と呼ばれます。そして、ここの「鬼」は、姿を変えたご先祖さま、祖霊神だとされています。

 

天念寺の修正鬼会は、古く、国東の多くの寺で行われていたとされ、修正会とは奈良期に始まった天下泰平、五穀豊穣を祈念する正月の修法。この修正会に、国東の民間信仰における祖霊神としての「鬼」の観念が重なったとされます。民俗学では、年の始まりに子孫を祝福するために来訪するご先祖の霊「祖霊(みおやのみたま)神」の存在があります。正月に訪れる先祖神たる「鬼」とは殊に、民の暮らしの中に生きる神。大らかで、そして、どこか楽しげ。

天念寺2

(天念寺の講堂)

 

「鬼」を神として祀り、「鬼」とされる先祖をもつ民とは。

 

国東の東、豊前の霊山とされる求菩提山は、九州では英彦山と並ぶ修験の山。この山の中宮に鬼神を祀る「鬼神社」が鎮座します。ここも神仏習合の地、正月八日の鬼会は、鬼神を封じる修法とされます。また、民話では求菩提の鬼も石段や井堰を造ります。ここも「鬼」の里。

 

青森県の弘前、鬼沢にも鬼神を祀る「鬼神社」が鎮座します。ここの鬼も良い鬼。旱魃に苦しむ民のために、鉄器を用いて灌漑を行います。鬼を祀る神社は他にも数ヶ所あり、渡来系の産鉄民に拘わるとされます。豊前も金属精錬の民の地。鬼の祭祀の背景には、渡来系、産鉄民の祖先神「蚩尤(しゆう)」の信仰があるといわれます。

 

「蚩尤(しゆう)」とは古代中国の神。鉄を使った兵器の発明神(兵主神)とされ、人の身体に牛の頭を持つとされます。韓半島の伝承では、蚩尤の族は兵主神の地、山東半島から新羅の牛頭山に至ります。また「蚩尤」は牛頭天王として、韓半島から渡来した八坂造の祖によって京都の八坂神社に祀られます。そして、二本の角をもつ神は、艮御神(うしとらみがみ)ともなって「鬼」の伝説を生みます。祖霊神としての「鬼」の観念とは、渡来系の産鉄民に由来する信仰。

 

桃太郎説話のモデルといわれ、吉備津彦が退治した鬼とされる「温羅(うら)」も、吉備の古い先祖神とされ、吉備に製鉄技術を持ち込んで繁栄をもたらした神でした。が、その繁栄を恐れた中央王権が派遣した吉備津彦に討たれます。大和王権が勢力を広げる過程で、まつろわぬ民は「鬼」ともされ、忌避されたものでしょうか。

中宮54805

(鬼神社が鎮座する豊前、求菩提山中宮)

 

為政者によって忌避されたともみえる民の祖先神の痕跡。災いをもたらす不吉な存在とされた「鬼」。そんな「鬼」を祝福を携えて訪れる祖霊神として祀る民の大らかなパワーには、喝采の拍手をおくりたいものです。

 

 


あらき 獏(ばく)

情報誌の編集者を経て、現在は文化、歴史系フリーライター。旧神社宮司家の家系であることで、神社縁起と地域伝承の考察や、パワースポットの研究をライフワークとしています。

プロフィール

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