編集長のぼくが考える「死」
私ごとではありますが、先日、友人がガンで亡くなりました。
それをきっかけに、このたび死について改めていろいろと考えさせられたました。
そもそも死とは何なんでしょうか?
このことを考えるとき、ぼくはインディアンの話を思い出します。(たしかインディアンだったと思う。。。)
インディアンは、人が死ぬことに対して悲しみません。
かと言って喜びもしません。
インドネシアなど、国によっては葬式を盛大に楽しくお祝いする国もあります。
でも、インディアンはさらに一風変わった死生観をもってます。
それは、産まれても喜びません。むしろ哀れみに似た感情を抱くらしいのです。
ここからは、ぼくなりの独自の解釈もふくまれていますが、
魂はそもそも、われわれの今、生活しているこの3次元よりも、より高次元な存在です。
その高次元な魂が、低次元な肉体にやどるわけです。
例えば、朝起きたら突然、高さのない世界、縦と横しか存在しない世界になってたと想像したらどうでしょうか?
つまり世界が3次元から2次元になると仮定した場合。。。
そりゃ、普通に想像したら生活しずらいと思いません?
そりゃ、苦しみも多いはずでしょ。
インディアンの話に戻ると、この世に産まれてくるということは、
また新た苦行が始まるということなのです。
なので、新しい命が産まれても「またこっち来たか、お前もこれから大変やなぁ、まぁがんばれや」
的な気持ちになるわけです。
こういった思想に共感し、影響を受けたのか、
最近ぼくは死というものを、単に「次元間の移動」ととらえるようになりました。
そう言った意味では友達の死も悲しくはありますが、単に魂が次元を移動しただけで、無くなったわけではないと考えております。
なので正直、前ほどは悲しくはありません。
友達も、この3次元という苦行から解放され、ホッとしてることでしょう。
いつしか彼がまた肉体に戻る時、また別の形で会うかもしれません。
出展 http://ameblo.jp/the-touch/entry-11742677949.html