少年よ、大志を抱け

〜Boys,Be Ambitious〜

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有名な銅像。

北海道札幌にあるこの銅像は、観光名所のシンボル的存在となったが、そもそも観光目的で作られたのか?

1976年、“Boys,Be Ambitious”「少年よ、大志を抱け」の言葉で有名な

北海道開拓の父「ウィリアム・スミス・クラーク博士」をモデルに彫刻家・坂坦道氏により制作されました。

右手を挙げる独特のポーズは「遙か彼方にある永遠の真理」を指し、そこに向かい大志を抱けとの思いが込められています。

 

この銅像があるのは、札幌ドーム近くの羊ヶ丘展望台。

なぜ、羊ヶ丘展望台に??

そもそも、札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭であったクラーク博士。

北海道大学構内にある胸像が有名で、多くの観光客が訪れておりました。

観光はエスカレートし観光客が観光バスで訪れることが多くなりました。

大学に・・・。

大学は、大学の研究活動に支障が出るとして観光バスの入場を禁止いたしました。

札幌観光協会では、北海道の開拓のシンボル的存在であるクラーク博士像を

広く全国の人に見ていただくことで開拓者精神を後世にも伝えていきたいという思いから、

クラーク博士の来道100年、アメリカ合衆国建国200年にあわせて

羊ヶ丘展望台に建立しました。

ちょっと、豆知識でした( ^ ^ )/□

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クラーク博士のプロフィール

ウィリアム・スミス・クラークWilliam Smith Clark、1826年7月31日 – 1886年3月9日)は、

アメリカ合衆国の教育者。化学、植物学、動物学の教師。農学教育のリーダー。 

自然科学一般を英語で教えた。この他、学生達に聖書を配り、キリスト教についても講じた

のちに学生たちは「イエスを信じる者の誓約」に次々と署名し、キリスト教の信仰に入る決心をした。

日本人から見るといわゆる「お雇い外国人」のひとり、といった感じ。

 

クラーク博士のイエスを信ずる者の契約

ここに署名する札幌農学校の職員学生は、キリストの命じるところに従いキリストを告白すること、および十字架の死により我らの罪をあがなわれた貴き救い主に愛と感謝を捧げるためにキリスト者としてのすべての義務を真の忠誠をもって果たすことを願いつつ、また主の栄光のため、および主が代わって死にたもうた人々の救いのために、主の御国を人々の間に前進させることを熱望しつつ、ここに今より後、イエスの忠実なる弟子なるべきこと、および主の教えの文字と精神とに厳密に一致して生きるべきことを、神に対し、また相互に対して、厳粛に誓約する。さらに、ふさわしい機会があればいつでも、試験、洗礼、入会のため福音的教会に出向くことを約束する。
我らは信ずる、聖書が、人に対する神からの、言葉による唯一の直接的啓示であり、来たるべき栄光の生に向けての唯一の完全で誤りのない手引きであることを。
我らは信ずる、我らの慈悲深き創造主、我らの義なる至上の支配者でまた我らの最後の審判者である、唯一なる永遠の神を。
我らは信ずる、心から悔い、そして神の子イエスへの信仰によって罪の赦しを得るすべての者は、生涯にわたり聖霊によって恵み豊かに導かれ、天の父の絶えざる御心によって守られ、ついにはあがなわれた聖徒の歓喜と希望とが備えられることを。しかし福音の招きを拒むすべての者は、自らの罪の中に死に、かつ永遠に主の御前から追放されねばならぬことを。
我らは、地上の生涯にいかなる変転があっても、次の戒めを忘れず、これに従うことを約束する。
あなたは、心を尽くし精神を尽くし力を尽くし思いを尽くして、主なるあなたの神を愛しなさい。また自分を愛するように、あなたの隣り人を愛しなさい。
あなたは、生物・無生物を問わず、いかなるものの彫像や肖像を崇拝してはならない。
あなたは、主なるあなたの神の名を、いたずらに口にしてはならない。
安息日を憶えてこれを聖きよく守りなさい。すべての不必要な労働を避け、その日を、できるだけ聖書の研究と自分および他の人の聖い生活への準備のために捧げなさい。
あなたは、あなたの両親および支配者に聞き従い、彼らを敬いなさい。
あなたは、殺人、姦淫、不純、盗み、ごまかしをしてはならない。
あなたは、隣り人に対して何の悪もしてはならない。
絶えず祈りなさい。
我らは、お互いに助けあい励ましあうために、ここに「イエスを信ずる者」の名のもとに一つの共同体を構成する。そして、聖書またはその他の宗教的書物や論文を読むため、話しあいのため、祈祷会のために、我らが生活を共にする間は、毎週一回以上集会に出席することを固く約束する。そして我らは心より願う、聖霊が明らかに我らの心の中にあって、我らの愛を励まし、我らの信仰を強め、救いに至らせる真理の知識に我らを導きくださることを。
— 1877年3月5日  札幌にて  ウィリアム・スミス・クラーク

 

Boys, be ambitious

「Boys, be ambitious」は、クラークの創作ではなく、当時、彼の出身地のニューイングランド地方でよく使われた別れの挨拶(「元気でな」の意)だったという説も聞いたことありますが、本当のところはクラーク博士しか知りません。

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